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大野愛子, 代表・海女

小さい頃から海や山、自然が大好き。
特に海が好きで、アニメ「七つの海のティコ」に出てくる海洋生物学者に憧れて大学は海洋学部に進学し、在学中は静岡や沖縄の海にどっぷり浸かる生活を送る。

何となく硬派なイメージを感じてライフセービングクラブに入り、夏の2ヶ月間は合宿生活で1日中水着でいる生活。その他の季節も、朝海に行ってから授業に行くという海漬けの日々。
海外の海も知りたい、海外で暮らしたいという思いで、ダイビングのプロライセンス取得を目指し3ヶ月オーストラリアで過ごす。帰国後、調査でダイビングが出来る研究室を選び、希望通り1年間沖縄県西表島で、卒業論文のデータ取りの為行く。

西表島でも私が生活していた施設は、飛行機・高速フェリー・定期船・チャータ船等を、半日乗り継いでやっと着ける陸の孤島。
見る生き物のほとんどが天然記念物だったり、部屋の中にへびやオカガニ、あかしょうびんがいるのも当たり前。調査で海に入る以外にも、朝から晩まで海で泳いだり、貝を拾ったり、魚を突いたり、葉っぱを拾ってご飯のおかずにしたりしていた。

そんな海が身近にある生活をしたいと思いながらも、実家がある東京で寿司屋のチェーン店に就職。
お金があっても、海に行く自由な時間がない生活がつまらないと思い、1年半で辞める。

大学生の頃、フォトグラファーの父から貰ったカメラで写真に興味を持ち、好きなことを仕事にしたいと思い、意を決して26歳の時フォトグラファーへ転身。
ダイビングのプロライセンスもあったので、水中写真家を目指す。
夢を追い続けるも余裕が続かず、寿司屋の経験が活かせる料理写真家へ弟子入り。趣味と実益を兼ねる道へすすむ。

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写真の技術は教わるのではなく、盗むものというのが当たり前の世界。かたわら多国の料理、お酒、風変わりな人生の楽しみ方は沢山教えてもらいました。料理の買い出しから仕込みまでやっていたので、料理アシスタントですか?と出版者の方によく間違われるほど(笑)。

写真の世界ではアシスタント3年で、独立、師匠の元を離れるルールがありますが、その頃は出版業界は氷河期で、目指していた料理写真家の道はいったん諦める。

写真は最低でも10年続けると決めていたので、弟子入り当時からアルバイトで撮影していたブライダル業界へ30歳で本格的に飛び込む。

人を褒めたり、愛想笑い的対応が苦手な私には向かないと知りつつ、人生の最大の転機ともいえるイベント、「結婚」にまつわるブライダルフォトの奥深さ、幸せの頂点にいる人々を撮る!が大きなやりがいとなり、気がつけば7、8年のベテランに。

妹や親しい友人の結婚式も撮影し、身近な人をも喜ばせる事ができて、心にささる何か感じるものがあったこと、最初はブライダルフォトを馬鹿にしてた、あまり褒めることもないフォトグラファーの父が、なかなかいい写真を撮るねと言ってくれた事が心底嬉しく、フォトグラファーのキャリアが積めたかなとが思い、次のステップに進む決心をした。

再び人生の転機が訪れる。

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33歳で今度はスタジオで物撮りをするファッションECサイトへ転職。1日に300アイテム以上撮影、1年後には新規導入するモデル撮影を任される事になり、やりがいがある仕事でしたが、内心40歳になったら海の近くで田舎暮らしするプランもあった。

そんな中、三重県鳥羽市で「海女募集」の記事を見つけ、「これだ!」と直感しすぐに応募。
晴れて2015年10月より海女デビューしました。
ずっと憧れていた海が身近にある生活、そして海に携わる仕事ができることに大きな喜びを感じる。
海女の半端なくシンプルな生活や、鳥羽の海の美しさ、その海から恵みを受け取った海の幸。
「海」「写真」「食」今までの歩みの中で、ささり続けた3つのキーワードの集大成をもって、「Ama Cafe」をスタートさせる。

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大野愛子 プロフィール

見習い海女、フォトグラファー
東京都出身
東海大学海洋学部水産学科卒、飲食業、フォトグラファーの
経験を活かしたく2015年8月に三重県鳥羽市に移住。
地域おこし協力隊として、海女見習い、海女文化継承、発信しています。

資格 
潜水士

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